新聞は「地方創生」をどう伝えたか

                                    須藤春夫

 

はじめに

 「地方創生」は第2次安倍政権の時代に策定された地域の諸課題を解決する一連の政策を指しています。政権は地方創生を最重要課題と位置づけ担当大臣まで配置しました。この施策により、東京一極集中の是正、地方の人口減少に歯止めをかけ地域の活性化を図ることをねらいとしています。地域社会のあり方に大きく関わる「地方創生」について、地域住民が認知する手段はテレビや新聞などマスメディア情報以外にはあまりないのが現状といえます。インターネットやSNSなどの新たな情報手段が注目を浴びていますが、地域問題の情報源としては新聞、テレビ報道が中心といえます。とくに新聞は事実の伝達だけでなく地域問題に対する論評(論調)を加えており、人々(中央・地方の行政担当者を含む)の価値判断に一定の影響を及ぼすメディアです。全国紙、地方紙の「地方創生」に関わる記事や論調を分析することで、この施策のもつ特徴をみることができるといえます。この小論では、全国紙の朝日新聞を事例に主に社説の分析を通して明らかにします。

 

  1. 問題意識

  1. 新聞報道を取りあげる意味

 「地方創生」は第2次安倍政権が掲げた政策の柱の一つ、で法律上は「都道府県・市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略」の名称です。2014年に成立した「まち・ひと・しごと創生法」(以下、創生法)が根拠法であり、201493日の第2次安倍改造内閣発足時の総理大臣記者会見において発表、石破茂氏が初代の担当大臣に任命されました。創生法では、政府が定めた総合戦略を勘案して地方公共団体が地方の自立につながるよう自ら考え、責任を持って戦略を策定して実行することが求められています。国は、地方公共団体に「情報支援」「人的支援」「財政支援」を「切れ目なく」展開するというものです。

 国の長期ビジョンは、2060年に1億人程度の人口を確保する長期展望を提示し、総合戦略として2015〜2019年度の5カ年の政策目標と施策を策定しています。一方、地方は地方人口ビジョンをとして中長期の将来展望を提示し、それに基づいて地方版総合戦略を策定します。このように、国が地方をリードする形で「活力ある日本社会を維持する」ことが目指され、各地方自治体が独自の地域戦略を策定し、石川県は「いしかわ創生総合戦略」として201510月に、金沢市も同年10月に「金沢版総合戦略」を、そして県内19市町のすべてが「地方人口ビジョン・地方版総合戦略」を策定して動き出しています。

 このように、「地方創生」は第2次安倍政権の時代に地域の諸課題を解決する最重要課題として位置づけており、東京一極集中の是正、地方の人口減少に歯止めをかけ地域の活性化を図ることをねらいとしています。しかし、官邸主導の人口計画、地域活性化計画はいくつかの問題も指摘されています。現在の国と地方公共団体の力関係では、国の施策に異議を唱えることは難しくむしろ国の施策に沿う形で計画化・事業化を図り補助金などの支援をあてにしたものになりかねません。地域の実情に即した地域活性化方策の策定には、地方公共団体の自律的・自主的な判断が最大限尊重されなければならないでしょう。

 国と地方公共団体の「地方創生」戦略によって影響を被るのは地方自治体、地域住民です。すでに多くの指摘がなされているように、地方では人口減少・過疎化、少子高齢化などの人口動態がもたらす問題をはじめ、自治体の財政悪化や公共施設の統廃合・整理縮小による住民サービスの低下、農業・漁業・林業などの衰退など多岐にわたる問題に直面しています。地方創生戦略はこれら地方社会が抱える諸課題を解決する施策であるのか、点検の作業は各方面から求められますが、とりわけ行政の監視役としての役割を担うマスメディアのはたす役割は重要です。マスメディアは社会で生起する諸事象を取捨選択し伝達する機能(議題設定モデル)があり、国民はその報道により事実を知り世論の形成がはかられます

 マスメディアが公衆の「議題」を設定するという意味で、議題設定機能と名付けられ、そこでは「メディアはさまざまな公共的争点の報道を行う際に、各争点がどの程度重要かをそれについて取りあげる分量や頻度などによって指示し、そうすることによって諸争点に対する公衆の関心の優先順位を決定していると予想される」(注1と定義されています。ある争点やトピックスをマスメディアが議題設定すれば、公衆の側でのその争点やトピックスが重要なものとして受容され関心や話題となって顕在化するという関係性が生まれます。事象(事実)を伝えるだけでなく、それがどの程度重要かをどのような視点から伝えるか(批判的視点から議題を設定する)によって、地方自治体や地域住民の事象への認識・理解・対応など世論形成のあり方も決まってくるのです。それだけにマスメディアが地方創生をどのように議題設定したかを注目する必要があります。

 本稿では論調が明確でありかつ記録性を有することから分析が容易な新聞メディアに限定して地方創生をどのように伝えたかを検討するものです。(注2

 

  1. 紙面調査の方法

 新聞メディアが地方創生をどのように議題設定したかを分析するうえで二つのアプローチを取ります。一つは、量的分析で「地方創生」の用語を記事で使用した量からその特徴を描き出すものです。メディアが地方創生を記事として伝えるべき事象であると判断した総和が記事量として現れてくるので、量の変化はメディアの関心の変化とパラレルです。二つには質的分析で社説(論調)や記事の内容から「地方創生」をどのような視点から伝えたかを明らかにするものです。全国紙(読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞、産経新聞)、ブロック紙(北海道新聞、河北新報、中日新聞、西日本新聞)、県紙(県を販売地域とする新聞)などが、国や地方自治体が策定する地方創生戦略および地方の取り組みをどのような視点から伝えたか(議題設定したか)を明らかにするものです。

 

2.地方創生記事のトレンド

(1)量的分析には過去30年分の新聞・雑誌記事データベースを保有する日経テレコンの「新聞トレンド」(注3を使用し、全国紙・県紙に掲載された「地方創生」のキーワードから記事検索(注4をおこないその量をカウントし時間軸に沿って推移をみます。地方創生は安倍政権の重要政策として位置づけられているところから新聞の注目度も当然高く、政策の立案過程、国会における関連法案の審議、施策実施の段階(自治体の対応や国政・地方選挙での争点などを含む)など、それぞれの場面において多様な情報が記事として伝えられます。

 まず新聞で記事中に使われた「地方創生」の推移をみてみます。図表1にあるように、「地方創生」が登場するのは第2次安倍政権が地方創生戦略を重要政策として掲げた2014年4月以降のことです。14年2月8日から19年2月7日までの5年間で地方創生のキーワード記事(地方創生を一般用語として使用した記事の数で表示は【一般:地方創生】)は合計23394本ありました(第2次安倍政権が経済政策として掲げた「アベノミクス」の5年間のキーワード検索記事数は11280本なのでそれを上回るほど多くの分量が記事化されている)。記事数がもっとも多い新聞は読売(1745本)、次いで毎日(1112本)、北海道(955本)と続きます。ただし「日経テレコン」には朝日新聞が収録されていないため、朝日新聞記事データベース(聞蔵ビジュアル)で同じ期間を検索すると1658本あるため、総数は25052本になります。(表1

(2)山型を描く記事本数の推移

 【一般:地方創生】のデータから新聞における地方創生を議題設定したトレンド(記事数の量的な変化)を読み取ることとします。地方創生が登場してから現在まで新聞記事のトレンドには大きな特徴があります。2014年2月4日から3ヶ月ごとの推移を見ると、2月は0本だったのが半年後の8月8日〜11月7日には1207本、翌15年2月8日〜5月7日に2503本、5月8日〜8月7日は2731本とピークを迎えます。16年8月8日〜11月7日には954本まで落ち込み、11月8日以降は若干の伸びがあるものの17年に入ると下降線を示して18年11月8日〜19年2月の直近では503本、ピーク時の2割弱にまで減ることになります。(表2

 2014年、安倍政権が華々しく打ち上げた地方創生戦略は、国の総合戦略策定と地方創生先行型交付金1700億円をもってスタート。翌年に地方の体制を整備するために地方版の総合戦略策定がなされ、地方創生加速化交付金1000億円や地方拠点強化税制などの具体的な施策が始まって、16年には地方創生推進交付金1000億円、地方創生拠点整備交付金900億円、企業版ふるさと納税制度が整備され、地方創生が本格稼働の段階に入ったのです。17年は地方創生の新展開の時期で総合戦略の中間年にあたります。19年度は第1期総合戦略の総仕上げの時期にあたり、これまで「ひと」「しごと」に焦点をあてた地方創生から「まち」に焦点をあてた政策が検討されることになります。総合戦略は毎年のように点検と新たな施策が盛り込まれ、戦略の目標年2020年に向け進んでいます。

 しかし、地方創生を議題設定する新聞報道は15年5月の時点で量的にはピークを迎え、年を経るごとに減っていくのです。総合戦略の目標達成が順調に進んだので報道する価値がなくなったわけではありません。むしろ、目標年の20年まで残された時間はほとんどないにもかかわらず、地方・東京圏の転出入均衡という基本目標をはじめその他の基本目標の達成も見通せない状況です。「まち・ひと・しごと創生総合戦略」は1年ごとに目標達成の進捗を点検し新たな施策を加えた改訂版を出しており、2018年改訂版では地方創生をめぐる現状認識として、総人口は7年連続の減少、合計特殊出生率は前年を下回る1.43に止まる、公共圏へ約12万人の転入超過で東京一極集中の傾向が継続、一人当たりの県民所得に差が生じており地方での人手不足感が高まっている、と依然として問題が残されている状況を示しています。18年版にはこれに対応して「UIJターンによる企業・就業者創出」「女性・高齢者等の活躍による新規就業者の掘り起こし」「中枢中核都市機能の強化」「人口減少に対応した『まち』への再生」などが提起されています。なぜ目標達成に届かない状況が生まれているのか、追加的な施策によって目標達成への見通しが果たせるのかなど、新聞報道として行政を監視する役割はさらに求められているはずです。

 また、地方創生記事が多く伝えられたのは全国紙の読売、朝日、毎日であり次いでブロック紙の北海道新聞が続きます。全国紙の性格上、地方創生に関する政府の動向に加えて各地域版でもその動向を伝えるために必然的に本数が多くなるためと考えられます。

(3)政府戦略の後追いをする新聞

 新聞報道において地方創生に関わる記事が15年半ば以降急速に減少する理由はなぜでしょう。理由として2点ほどあげられます。ひとつは地方創生が自治体の総合戦略策定によって個別具体的な施策段階に入るにつれて、地方創生という大括りで記事化されるのではなく自治体の「子育て支援」(5年間で15801本)、「地域おこし」(同11954本)、「地域経済」(同6829本)、「街づくり」(4114本)などの具体策を報じるキーワードが上位にきています。

 次の理由として、安倍政権が次々に打ちだす経済成長戦略を追わざるを得ない状況があるといえます。安倍首相は、15年10月に第3次の改造内閣発足と同時に目玉のプランとして「一億総活躍社会」を目指すと新たな施策を宣言しました。16年6月には「ニッポン一億総活躍プラン」が閣議決定され、「新たな三本の矢」を打ちだし「希望を生みだす強い経済(名目GDPを600兆円とする)、「夢を紡ぐ子育て支援」(希望出生率1.8の実現)、「安心につながる社会保障」(介護離職ゼロの実現)を掲げたのです。少子高齢化に歯止めをかけ、50年後も人口1億人を維持し、誰もが活躍できる社会を目ざすというものです。専任の「一億総活躍担当大臣」も設置され(地方創生戦略では内閣府特命担当大臣として任命)、「成長と分配の好循環メカニズムによる究極の成長戦略」と位置づけ、“一億総活躍”をキャッチフレーズとする新段階のアベノミクスを推進すると大々的に打ち上げたのです。同時期の地方創生戦略では「ローカル・アベノミクスの実現」を掲げており、地域の技術の国際化、地域の魅力のブランド化などアベノミクスの地方版や若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえるために少子化対策や働き方改革を戦略に掲げていました。

 アベノミクスの三本の矢がうまく作動しない中で打ちだされた新たな三本の矢は、地方創生戦略とどのように整合性を保つのか十分に説明のないままに新内閣の目玉戦略として浮上したものといえます。新聞は「一億総活躍社会プラン」が打ちだされると同時に一挙にその記事本数が上昇します。15年8月はゼロだったのが11月から翌年2月にかけて424本まで上りました(そこをピークに下降して18年11月から19年2月には28本にまで落ち込みます)。新聞記事本数の推移をみると、地方創生がピークを迎えると同時に一億総活躍社会の記事本数が上昇し始め、地方創生の記事件数が下降し始めています。「アベノミクス」で検索すると、16年5月から8月までの3ヶ月間だけ記事数は急上昇しており(前の3ヶ月間では353本だったのが2093本に上昇しその後は279本に減少)、「地方創生」記事は16年5月から8月期は1343本と下降過程にあります。このように、地方創生や一億総活躍社会など政府の戦略的な施策が打ちだされるたびに新聞の記事本数は一挙に高まるものの、時間の経過とともに減少して議題設定能力が弱まっていく傾向が注目されます。政府の打ちだす戦略や政策の後追い傾向があるために、いったん施策された事態の推移を監視する機能が弱まり、国民の眼の届かないところで施策が進行してしまう状況を許しています。

 これに対して「地域活性化」のキーワードで記事本数の推移を見ると、2015年以降現在までほぼコンスタントに1000本前後の記事が報じられており、地方創生のように山形の推移を示していません。「地域活性化」は政策的概念としてより一般的な意義を有していることかから継続的な議題設定として追い続けられているのに対して、「地方創生」は政府の戦略的あるいは政治手法的(選挙対策など)な要素をもつ概念といえるかも知れません。

 とはいえ、地方創生戦略は行政施策に掲げられ交付金や税制措置など制度的な実効性を持って遂行され地域社会に大きな影響を及ぼすものであり、新聞報道はその実現に対して監視を続ける役割があります。

 

3.質的分析から見た地方創生記事の特徴

(1)朝日新聞における地方創生の争点

 新聞が地方創生を議題設定する場合、どのような視点から取りあげ伝えたか(争点化したか)によって受け手のとらえ方は影響を受けます。新聞における争点提示は社説や取材記者のコメントなどでなされるので、地方創生に関わるそれらの記事の内容分析を行うことで特徴を明らかにしてみます。

 地方創生が政府主導の政策であることから全国紙を対象とし、なかでも政権への監視機能について一定の評価がある朝日新聞を取りあげます。本来であれば、地方創生の現場はまさに地方ですから、地方行政の監視や地域社会の動態を伝えるブロック紙や県紙における記事分析も同じように必要ですが、紙幅の関係から本稿では全国紙のみとします。

【争点1】地方創生のモデルは先進的な取組をする地方自治体にある。

 朝日新聞が地方創生に関連する社説を掲げるのは2014年7月12日が最初です。タイトルは「国土の将来像 地域の取り組みに学べ」。国土交通省が「国土のグランドデザイン」をまとめたのに合わせて発表しました。国交省のまとめに対しては、市街地の集約と、それを交通網や情報網で結ぶ「『コンパクト+ネットワーク』、防災を視野に太平洋側だけでなく日本海側も重視する国土計画など、インフラ整備を通じて国土を形成しようとする考え方は相変わらずだ」と批判がみられます。一方、「インフラ整備ではなく、地域の維持に不可欠な資源や人材、資金など、いわば「ソフト」基盤を充実させる発想」も盛り込まれている点には注目すべき点があると評価もしています。しかし、「すでに、自治体の最前線では、こうした考えに基づいた町づくりが広がりつつある」と指摘。過疎指定を受けながら「転入超」の自治体があることを紹介し、「この点を突き詰めれば、成熟国家に必要なグランドデザインにつながる」としており、安倍政権の「地方創生本部」立上げを来春の統一地方選を意識した小手先の対策としてお茶を濁すのではなく、省庁の縦割りを排した取り組みに知恵を絞れと要求している点が特徴です。

 ここでは政府の地方創生政策が相変わらずハード先行型であることへの批判と、反対に地域の人口減少に自治体が知恵を絞って対応し一定の成果をあげている事例を紹介しながら、その成功要因に学ぶことこそ日本が直面する人口減少や地域の衰退を克服する道があることを指摘しています。

【争点2】「国の補助金・交付金メニューを地方自治体が選択するのではなく、まず自治体が実情に合った施策を自主的に作成し自由に使える予算を付けることが求められる。政府と自治体の上下関係を排して徹底した論議がなければ人口減を食い止める施策は実現しない。自治体が真の自主性を発揮できる仕組みが必要で、財源と権限の配分を抜本的に見直すべきだ」と提言しており、政府主導型の地方創生のあり方に強い疑問を投げかけています。

 地方創生が動き出した2015年度の政府予算編成において、各省庁の概算要求が政権の重視する地方創生に沿った要求として殺到し、「看板の掛け替え」を含めて似たような施策が乱立していることに社説(14年8月30日)で警鐘を鳴らしています。「国主導で予算をばらまいても効果は乏しく、財政を悪化させるだけ」とも指摘し発想を根本から変える必要を訴えています。地方創生関連の交付金などは、支給する省庁の細かい規則があるために自治体が求める地域の問題解決の施策とズレが生じがちだし、自治体もお金が沢山もらえる施策に傾きまた短期志向になるとも指摘しています。そこで、まず各自治体が対策を突き詰め、国はそれを自由に使える予算で後押しする仕組みに切り替えていくべきだと提案しています。

 地方自治体が自由に使える財源を支援する必要を争点とする姿勢はその後も一貫しています。日本創生会議は、南牧村の2040年までの若年女性の減少率が、全国で最も高くなると予測する群馬県南牧村の状況をレポートした記事(14年10月1日)では、村長の長谷川最定氏が、「村にはアベノミクスの『3本の矢』は1本も届いていない。アベノミクスの効果を地方に浸透させるといっても現実味がない」「自主性を発揮して頑張れというが、財源がないと始められない。使途を自由に決められる交付金制度をぜひ作って欲しい」との訴えを紹介していることからもうかがえます。

 14年9月15日の社説では、安倍政権が地域の活性化に本腰を入れるのは賛成としたうえで、「かつて政府主導で進めた合併推進などの施策が、行政サービスの低下や自治体の借金増を招いた面があることを忘れてはならない」と「政府が上から目線でレールを敷くのではなく、自治体とともに知恵を出し合う共同作業が欠かせない」と主張しており、ここでも国主導型からの転換を求めています。

 安倍政権が15年に成立させた国家戦略特区についても、社説(15年5月13日)で「国主導を強調するあまり、国家戦略特区では、自治体などからの提案を十分にいかせていないきらいがないか。これまで約200の自治体や企業が提案したが、認められた特区は九つ。提案の多くがお蔵入りしてしまうようでは地方側の改革意欲がなえかねない」。「『何とかしたい』という意欲こそが、地域活性化の原動力のはずだ」と、国主導の地域政策に厳しい問題指摘をしています。

 17年には地方自治70年を迎えます。社説「憲法70年、地方自治を成熟させる」(17年5月15日)で地方自治の機能は不十分で分権改革は息切れどころか逆行していると指摘。地方創生はその象徴であり、安倍首相は「地方の自主性」を強調するが、実態は国主導でしかないと述べており、依然として中央政府が権限を手放さずに施策を地方自治体に押しつける姿勢を質しています。

【争点3】安倍内閣は15年に行った内閣改造の新たな目玉として「1億総活躍社会の実現」を発表しました。これまで安倍政権の看板政策の地方創生が1年足らずのうちに風前の灯になったと、政策がネコの目のように変わる政権運営に疑問を投げかけています。また、地方創生予算が選挙対策用のバラマキ型になる危険性も指摘しています。

 地方創生を担当する官僚は上から「石破さんの指示通りにやれ」「余計なことをするな」といわれ現場の士気が著しく低下している状況があり、地方創生は内閣改造前から迷走していることを明らかにしています。

 14年の衆院本会議で、人口減対策の基本理念を定める「まち・ひと・しごと創生法案」と、自治体支援の窓口を一本化する「地域再生法改正案」が可決し、安倍首相が「異次元の取り組み」と地方創生政策を位置づけました。しかし自民党内では、15年の統一地方選挙を控えて地方創生枠なら公共事業などの予算が取りやすいと熱気が高まっている状況を報じたうえで、地方創生予算が選挙対策の色彩を帯びていると指摘しています。(14年11月25日)

【争点4】今後、問題が深刻になるのは地方の中心的役割を果たしてきた中小都市(人口10万人30万人程度)であり、その将来を考える必要がある。その際には民間の力で活性化を作り出す視点が大事と指摘しています。

 地方の問題は限界集落の存在に象徴されるが、むしろ交通網や情報網の高度化で1地域がカバーする範囲が拡大し、より大きな都市に集約化される事態が進行しています。この問題を喚起した記事では、単に若者の移住をさせるだけでなく人口縮小社会に合わせた中小都市の「経営」が大事であると指摘します(14年12月5日)。「地味でも黒字になる事業への注力」「過剰な行政のスリム化」「政策立案をコンサルタントに任せるのでなく、行政職員自らの手で作ること」などを提言し、高岡市の金属クリエーターを町に呼び込んだ事例、金沢市の商店街の空き家を活用した世代間交流スペースの設置など、国や行政に頼らず民間の力で街の再興を果たすことが重要であることも指摘しています。

【争点5】政府は、全自治体に地方版総合戦略を作らせたが、真剣に作った自治体は1割にも満たず、地域資源を吟味せずにコンサルタント会社がキーワードを集めた特徴のない戦略も多く、丸投げの例もある。自治体が交付金ほしさに政府が決めた事業モデルに追随する状況があると、地方自治体側にも問題があることを指摘しています。

 2015年に入ると政府が自治体の総合戦略作りを努力義務と課しそれに応じた自治体だけに予算配分などで集中援助する方針を掲げたことから、地方自治体版の総合戦略作りが盛んになります。新聞報道は地方創生の現場をレポートする記事が増えてきますが、自治体側に大きな問題がある実態を浮き彫りにします。霞ヶ関側の相談窓口として17府省庁の69人が「地方創生コンシェルジェ」として任命され地方に派遣しましたが、受け入れた自治体側は「予算獲得のパイプ役」を期待する現実や大手監査法人に交付金獲得の方法や地域にあった施策の相談が相次ぎ、シンクタンク業界を頼る自治体の存在などの実態を報告しています。

 

4.考察

(1)記事トレンドは発表報道に依存する体質がもたらした結果

 政府が推進する地方版総合戦略の第1期達成目標は2020年です。最終年度の今年(19年度)、地方創生関連予算の概算要求は、地方創生推進交付金(1150億円)、地方大学・地域産業の創生(173.1億円)、地方への情報・人材・財政面での支援(10.3億円)、地方創生に係わる調査・推進事業等(18.9億円)、合計1228億円が計上され地方はそれを財源に施策が進むことになります。現在進行形の施策に対して新聞が議題設定した結果をまとめてみます。

 まず確認できるのは、「地方創生」をキーワードとした新聞記事の量は、安倍政権が目玉施策として打ちだした直後の2015年にピークを見せた以降は急速に下降線をたどっています。当初は地方創生を議題設定すべき事項として重視していたのが分かりますが、目標年が近づいても記事量に回復の傾向はなく議題として取りあげられなくなります。日本のジャーナリズムの特性として役所の発表に依存する度合いが強く、安倍政権の首相政策である地方創生は政府発表や有力政治家の発言がとくに多かったことから記事量が急速に上昇したものと思われます。先にも記したように安倍政権はアベノミクス、一億総活躍社会など次々と新たな経済戦略を打ち立てまた内容を変え発表いていくために新聞はそれらを報じざるを得なく、地方創生に関する記事が相対的に減少して行ったものといえます。

 地方創生の戦略目標が達成されたので報じるべき価値がなくなったのではありません。とくに東京圏と地方との人口格差を是正する施策は、大きく立ち後れています。記事量の推移からは、地方創生が一過性の施策にすぎないことを反映していえるのではないでしょうか。本来であれば発表ものではなく伏在化する問題を調査報道によって顕在化させ議題設定する必要があるのですが、この面での取り組みの弱さが記事量の少なさに反映していったものといえます。

2)国主導の施策への問題提起

 次に、新聞記事が地方創生に設定した争点の特徴を見てみます。なによりも目につくのは、安倍政権の地方創生政策に焦点をあて一貫して問題点を指摘しているのがわかります。その中心は施策の執行過程における政府と地域自治体の関係です。政府が地方創生の達成目標と事業の枠組を作成し、地域自治体にはそれに沿った戦略や施策しか認めないという手法の問題点です(【争点2】)。人口減少とその対応策は地域のおかれた諸条件によって大きく異なります。その差異を考慮することなく、中央で策定した戦略・施策に地域自治体を沿わせる手法は、地域が抱える深刻な問題の解決につながらないばかりか、むしろ解決を誤らせ事態をより深刻化させるとの指摘です。国と地方が対等の立場で戦略を立案し、地方の創意工夫を引き出し国はそれを財政面や人的資源の面で支援すべきだと提言しているのは、地方創生施策に限らずこれまでの日本社会における国と地方との関係を根本から問うものとなっています。

 人口減少に歯止めをかけ地域の活性化を目指すには国の抜本的な構造転換を必要とします。交付金や補助金など国が配分方式や配分先を決定して地方がそれに従う従来の国主導型の方式では対応できません。とくに安倍政権は国主導に見合う施策を立案するよう地方自治体を競わせる手法をとったために、どの自治体も国の施策に沿うようなものしか立案せず地域の課題を直視する対応を取っていません。政府の評価が高い戦略を立案するために外部コンサルタントの導入や政府案を下敷きにするなど、画一的な施策が並んで地域特有の問題に向き合う姿勢を殺ぐ結果になっていることを指摘しています(【争点5】)。

 朝日新聞が伝えた地方創生にかんする論調は、国主導の施策に焦点をあてそのあり方に強い疑問とその改善を促す具体的提言を含むものでした。地方自治体の自主性・主体性を重んじそれを支援する財政措置の必要性を強く求めています。しかし地方創生施策の第1期が終了間近になっても依然として国と地方自治体の関係は変わっていません。「地方創生」をキーワードとする新聞の議題設定は問題提起されたままですが、子育て支援、街づくり、地域のコンパクト化、地域間連携の強化などによって地域が求める解決への動きは止むことはありません。メディアの議題設定は地方創生の現場である各地方で生起する事態と問題をとらえて提起しつづけることになります。国と地方を問わず行政の監視役を果たす地域メディアが、人口減少や地域活性化に向けた議題設定作業を持続的にしつづけることが求められているといえます。

 

  1. 竹下俊郎「マス・メディアの議題設定機能研究の現状と課題」『新聞学評論』30巻、1981、日本新聞学会、204p

  2. これまでの議題設定研究からは、新聞に関しては議題設定仮説が成立する一方、テレビの議題設定力は極めて微弱だとする説がある。テレビニュースのフォーマットは、はあらゆる出来事をみな同じような時間量の枠内に圧縮し、しかも項目的に羅列するために、受け手が重要な出来事とそうでないものとを識別しにくい点があげられている。

  3. 検索対象の新聞は、「日経テレコン」の記事データベースに収録されている新聞媒体の内、日刊紙計84紙。内訳は全国紙4紙(毎日、読売、日経、産経)、地方紙(一般紙)49紙、専門紙29紙、スポーツ紙4紙。ntrend.nikkei.co.jp

  4. キーワードの検索対象は本紙(地域面を除く)の見出しと本文で使われたものに限る

 

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